ギャンブル幸福論

ギャンブルばかりの人生から一歩踏み出します。

働きたくないのは、なんでだろう 私が働きたくない本当の理由

労働環境が悪いから働きたくない?

f:id:san100310:20170707073345j:plain

 

日本人って働き過ぎだと、世界的に見て言われます。真面目にコツコツと働く蟻さんのイメージでしょうか。

 

朝の満員電車は想像しただけで、吐き気がしてきまっせ。。。

 

皆さん、何をされてるか、わかんないけど、あんな電車に乗らなければいけないだなんて、相応の理由があるはずです。まともだとは、思えません。

 

可愛そうに・・・もっとゆったり生きたっていいじゃないの・・・

 

いやいや、私もその電車に乗らなければいけない、一人ではないか。

 

会社に着く前に、既にヘロヘロなんですけど、会社の中は、もっと酷くて、「何でこんなことをやらなければいけないの。」って事が、た~くさんあります。

 

私が働きたくないのは、それが理由なのでしょうか・・・

 

労働環境が悪いと感じるから、会社そして、上司や部下にも不満をぶちまけてしまいます。それは時に家庭に持ち込み、愚痴として嫁に放たれます。

 

嫁にしたら、そんなもん知るかって話ですよね。

 

私が「仕事やめたい、働きたくない」と常々口にしてしまうのは、労働環境が悪いからなのでしょうか・・・

 

・・・・・・

・・・・・・

・・・・・・

 

「否!」

 

働きたくないというのは、そういうことを言っているのではありません。なぜなら私は転職した所で、会社に対する不満、環境に対する愚痴なんて、いくらでも出てくるから。

 

だから、目の前の仕事を否定したいだけなんです。これって、あくまでも表面的な【働きたくない】でしかありません。

 

本当の理由は、もっと違う所にあるのです。

 

サラリーマンに自由などありません

自由とは何か・・・これを言い出すとこれはこれで深いテーマとなってしまいますので、ここで言う自由とは、【全てにおいて自分でやる事を決断する】という前提で話をします。

 

・好きな時間に起きる、寝る、食べる、飲む

・どこに行こう、何をしよう

・誰と一緒に過ごそう

 

自由というのは、責任を伴うものですし、好き勝手に何でもすればいいと言っているのではありません。

 

そもそも、社会において、その仕組み自体が自由を保障できるものではありませんからね。

 

ただ、サラリーマンというのは、自由の制限がとてつもなく大きいのです。

 

もちろんその意思は個人のものですし、そういう意味では自己責任です。サラリーマンという選択をしたのは、本人が自由に選んだ結果ではないかと言われればその通りです。

 

・仕事内容はマニュアル化され、決まっている。

・休みたいときに休めない

・労働時間を決められない

・海外旅行にいく時間がとれない

 

私の労働環境を考えた場合、いわゆるブラック企業かと問われれば、そんな事はありません。残業代はきちんと出ますし、福利厚生もしっかりしている、長期連休だって取ろうと思えば可能ですよ。

 

だけど、仮に海外旅行をしている最中であっても、頭の片隅には会社がある。自由に見えていても、心はいつだって会社に拘束されているんです。

 

結局、私は仮に今よりも良い労働環境で働けるとしても、サラリーマンである以上は、

 

『働きたくない。』

 

この呪縛から、解き放たれることは、ないのです。

 

結婚式で先輩のスピーチの中に私の真実が隠れていた

2003年、もう14年も前の話になりますが、私は結婚しました。

 

そして先輩がわたしのエピソードを語ってくれたわけですが、その中で今でも忘れない言葉があります。

 

さんちゃんは、(サンペリドンのさんちゃんね、実際に職場でもこう呼ばれている。)

 

【自分の意見をしっかりと持っている人です。】

 

このように、言われたのです。

 

これって、結婚式の場ですから、善意な訳でしょう、(と思いたい。)

 

けれども、言い方を変えれば

 

【言う事を聞かずに、自分を曲げない頑固者】

 

とも、取れます。。。

 

私は、きっと知らないうちに、自分で決めて自分で行動したいと職場でアピールしていたのであろうと思われます。

 

【自由になりたい】

 

これが、わたしが働きたくないと思う本当の理由です。

 

自由に繋がる道を探して行動すれば働きたくなる

働きたくないのではなく、自由に行きたい。

 

ここでいう自由とは、自分で何でも決めるという事です。

 

だけど、サラリーマンは、自分で決定できないことばっかりです。

 

私は、何もやる気がしないという心境に陥っていましたが、働きたくないから何もしたくないという訳ではないのです。

 

例えば、ただひたすら寝ているだけの人生を与えられたとしたら、それはそれで退屈で仕方ありません。『何かをやりたくてたまらない。』という状況になるでしょう。

 

ずっ~と、ダラダラしてゴロゴロしていたいと思っていましたが、実現すれば刺激のない人生だと嘆くのでしょう(笑)

 

私みたいなグータラなおっさんが、『働きたくない。』と言い出せば、それは怠惰だと思われてしまいます。

 

私は、何か

 

を、やりたい人間なのです。

 

その、何か

 

が、サラリーマンではないという事は、はっきりとしています。

 

その何か

 

は、収入を得る為の仕事になってしまうかも知れません。

 

自分の意思ですべてを決定しているという感覚があるならば、仮にそれが仕事であったとしても、『働きたくない。』とは、ならないはずです。

 

むしろ自分が働いているという意識さえ、なくなってしまうのでしょう。

 

私のような、『働きたくない。』人間は、『働いている。』という感覚が無くなるような状態を目指すと、『働きたくない。』はどこかに行ってしまうでしょうね。

 

自由に生きるを目指したっていいじゃない。