ギャンブル幸福論

ギャンブルばかりの人生から一歩踏み出します。

ギャンブル幸福論について管理人の紹介

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【目次】

 

管理人のサンペリドンってどんな奴?

はじめまして

サンペリドンと名乗るアラフォーのおっさんでございます。遊ぶの大好き仕事大嫌い。

遊んでばっかりいました!ギャンブルばかりの人生でした!

 

 

このブログは、会社勤めに疲れ果てたおっさんが、もっと自由に生きる為に何か出来る事はないかと奮闘する姿を記していこうと考えております。

 

変われる可能性があるならば、行動するしか道はありません。私は、そもそも努力とか頑張るなんて言葉さえ嫌いな人間です。どうしたら楽に生きられるか、【ゆるく、優しく、楽しく】生きていたいのです。それなのに、現実は苦しい事ばかり。

 

ずっ~と頑張るなんて私には無理です。何も持っていないし、何の能力も才能もないかも知れません。だからこそ、出来る事だってあるかも知れません。とにかくやってみなければ現実は変わってくれないという事だけは、学びました。

 

自分の理想の生活を目指して、前向きに取り組んでいく所存です。

 

こいつがサンペリドン。2017年1月現在43歳ですが、アホな事ばっかりやっているので若く見られる事が多いです。そろそろ本気出します(笑)

よろしくね!

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生い立ち

  • 東京生まれ、父の仕事で転勤族、友達が出来てもすぐ離れるのが嫌で辛かった。
  • プロ野球選手に憧れた少年時代
  • 高校在学中に、ギャンブルに魅了され以後どっぷりつかる事になる。
  • 現在は、化学会社で変則勤務
  • 40代、嫁と仲良し、2児の父
  • 奈良に一戸建てを購入し落ち着いている。フルローン。。。

趣味

  • 競馬の勝ち方を構築する(20年余りで未達成、継続中)
  • 将棋
  • ギャンブル好き

習慣

  • 酒、煙草、ギャンブル漬け
  • 競馬観戦

性格

  • 完璧主義、面倒くさがり、大雑把
  • よく優しいと言われますが、優しいの本質は難しく深いと思う、私は弱いだけ。
  • 自分にはのんびり、穏やかなのですが他人に対してせっかちな面もあり。
  • 決めつけられるのが嫌い、何が正しいかなんて尺度によって違うと思っている。
  • 強がっているが、実は繊細でメンタルが弱い。
  • 豪傑に見られるが、根は貧乏性のケチ。

 

夢に溢れる少年時代

臆病な少年は野球にのめりこむ

私は、きっと社会の仕組みそのものが嫌いなのだと思うのです。幼稚園に通っていた頃、女性の先生だったのですがとても怖かったんです。頭ごなしに怒鳴る大人・・・

なんでこんなに怒られてばっかりなんだろう?そもそも何を持って上下関係って成り立っているのでしょうか?何が正しくて何が間違っているの?子供心に大人の理不尽さをずっと感じていました。

 

私は当時、何をするのものんびりで、人の話に全く耳を傾けず好き勝手な事ばかりやっていたと記憶しています。先生が何を言っているのか?周りが何をしているのか?よく理解出来ず、泣いてばっかりいました。とにかく年上の人は苦手でした。このトラウマは、現在も引きずっており上下関係を毛嫌いする要因ともなっています。

 

小学生になった私は、テレビで野球をよく見ていたのですが、いつしかプロ野球選手に憧れを抱くようになりました。その夢は壮大で、世界のホームラン王・・・王貞治さんのホームラン数を抜いてやるというものです。

 

小学3年だったと思うのですが、地元の野球チームに入団しました。但し、小学生の時は環境の変化に対応したとたんに、また転校という感じで当時の事をよく思い出せないのです。ただ、キャッチボールはまともに出来ない、野球の才能なんてこれっぽっちもなかったんだと思うのですよ。なんで野球をやろうって思ったかわかりません。多分、楽しそうに見えたのでしょうね。

野球とサッカーが流行っていましたけど、私は迷いなく野球派でした。

 

それなりに努力した事と、体格に恵まれていた私は小学5年から中学3年にかけて、腕力と脚力だけは学年トップクラスになる事が出来ました。肝心の野球はたいして上手にならなかったんですけどね。。。

 

京都の野球名門高校に入学

井の中の蛙大海を知らず

中学生の間、それはとっても楽しく自由でした。遠投が得意だった私はよく自主的に遠投キャッチボールをやっていたのですが、その姿を女子達が見にきて、黄色い声援を浴びる事もしばしばありました。この中学生位から、色々勘違い野郎になり、これまた現在も少なからず引きずっていると思われます。(笑)

 

私、中学は奈良だったのですが奈良の高校野球部の練習風景を見に行ってどこも物足りないと感じたんです。いやぁ生意気ですね~・・・進学したい高校は私の学力では厳しかったという面もありましたけど、とにかく甲子園に出なけりゃお話しにならんって思っていたんです。

わざわざ京都の野球名門高校に通うという選択をしてしまったのです。この選択は私にとってかなり残酷な現実でした。私が高校2年の時、見事に甲子園出場!

 

ですが、私はベンチに入る事さえ出来ず、スタンドで応援していました。

レギュラーになれないとわかった私は、もうプロ野球選手になるのを諦めてしまっていました。子供の頃からの憧れであったホームラン王になる為のスタート地点にさえ立つ事が出来なかったのです。

 

目標を見失い見つけたものは

高校卒業後、生きる意味ってのをよく考えるようになりました。野球ばっかりやってきた少年は野球を手放した時にやっと自由になれた気がしました。

 

だけど、自分が何をしたいのかよくわからなかったんです。勉強は大嫌いでしたし、大学に行きたいとは思いませんでした。それなのにどうせ大学行くなら東京大学がええなって思って3日間だけ、真剣に勉強しようとした時期もあったなー(笑)

変に、負けず嫌いだったり、プライドが高かったりするのです。困った野郎だ。。。

 

結局・・・

 

京都で一人暮らしを始めて、自分が何をしたいのかを探そうとしたみたいです。親の有難さが身に染みてわかりました。とにかくあれもこれも面倒くさいんですよ。自炊なんてまともにやらんかったです。あっ・・・俺一人では生きていけないんだって本気で思いましたよ。

 

まずは、喫茶店でバイト、そしてバンド組んでヴォーカルやって、それなりにチヤホヤされて有頂天になってました。単純なやっちゃ、そして典型的なアホ駄目人間です。

メジャーデビューして、ウハウハな人生を想像していましたからね。

本当にやりたい事じゃありませんでした、歌を歌うのは好きですけど、そこに努力する姿勢なんて全くなかったもんなぁ・・・

 

でね、結局何にはまったのかというと、まずはパチンコです。親父がパチンコをするのを子供の頃よく見ていました。親父の膝の上でね。

数字が3つ揃ったら、とんでもない事が起きるんだ!玉がいっぱいいっぱい出るんだ!

それはもう衝撃なシーンだったのです。

「親父、かっこええ!」

いつの日か、俺も親父のようにドル箱山積みにしたるわい・・・

初パチンコ、実は中学3年なんですけどね。

 

パチンコで勝てるようになってしまった

今から20年余り前、時代風景もあったのでしょう。羽根ものから始まり一発台、そしてフィーバー台、スロット・・・全てにおいて勝ち方というものがあると知ったのです。パチンコは釘と玉の動きを知る事、スロットは設定を見抜く為の手段をマスターする事、全ては確率を元にした、期待値という考え方です。いつしか、私はパチンコにどっぷりとはまってしまったのです。来る日も来る日も朝から晩迄パチンコに明け暮れていたのです。18歳から23歳迄、そんな日々が続きました。

現在はもうパチンコ・スロットは引退しておりますが、期待値という考え方で20年余り勝ち越してきたので私はパチンコで勝つ方法を知っていると言えるでしょう。

 

競馬で惨敗の日々

パチンコ・スロットにとどまらず、今度は競馬に手を出し始めたサンペリドン青年。

パチンコで勝てるんだから、競馬でも勝てるはず・・・そんな単純でアホな野郎なんですよ。20年前に戻れるなら言ってやりたい。

「ギャンブルで勝ち切るってのは、そんな甘くはねえんだよ!」

 

競馬は年間を通せば負け続けています。その金額500万円也。

色んな事、試してことごとく失敗してきました。競馬で勝つ為の方法論をあれこれ求め続けましたが未だにたどり着いていません。

 

大手化学会社勤務

パチンコで生計立ててた時期は長かったです。約5年って所ですね。

もし自分一人なら、きっとまともな職には就いておりません。

当時の彼女・・・現在の嫁様の存在が全てです。

 

私は中途採用です。親父がたまたま新聞の求人募集欄を見て、

立派な会社だから、一度見に行ってみればどうだ?って事で

受けてみたら、トントン拍子で入社してしまっていたのです。

求人20名に対して応募2000名・・・

どんな基準で私が合格してしまったのか、さっぱりわからん。

 

化学会社ですが、化学には全く興味ありません。

周りの人間は優秀だと感じます。給与面、福利厚生、処遇、

人間関係共々、立派な会社だと思いますよ。

 

問題は、私が仕事嫌いって事です。誰かに命令されたり、上からものを言われるのを極端に嫌うのです。根本的に仕事そのものにやりがいが無いというか、そもそも求めていないのです。人生の大半を過ごす場所として、苦痛でしかないこの状況をどうにかしたい・・・そう思いつつも時だけが無常にも過ぎていく、そんな日々なんです。

 

ブログ開設のきっかけ

私の人生、ギャンブルばっかりやってきました。そして、今もなお手放せず、しがみついている状況です。ギャンブル依存症者です。ですが、それを嘆かず受け入れ支配されず支配し共存する生き方を選び、幸福さえ感じようではないか!ギャンブルのおかげで人生を謳歌していると迄胸を張って言ってやろうではあ~りませんか。

 

ギャンブルしかやってこなかったし、私は何にも持ってない。ギャンブルをやっている時しか、生を感じられなかったんです。特にやりたい事だって実は無いんです。

 

会社行きたくねえ!朝から満員電車に揺られ、ヘド吐きそうな程、退屈な日々。

やりたくねえ事やってるのって苦しい、逃げ出したい・・・現実逃避。それがギャンブルだったんです。生を実感する場、私を救ってくれているとさえ感じました。

 

競馬で安定して稼げれば、会社生活から抜け出せるかも知れない・・・私を救ってくれていたのは、その希望だけだったのです。いつまでたっても競馬で勝ち切るどころか負け続ける日々、希望が絶望に変わる瞬間、考えただけで恐ろしくなります。辛い毎日です。このままじゃ、ずっと奴隷なんだよ。私は一時苦しくなってギャンブルの舞台から降りようとしました。

だけど、このままじゃ何にも変わらない、このままずっと苦しい日々が継続するだけ。

生きているという事に希望を見いだせないのです。

 

仕事を全力で頑張るという選択肢だってあるではないか?そう思って自分を奮い立たせてきた事だってありました。だけど、やっぱり満たされないのです。逃げ出したくてたまらなくなるんです。

 

だからこんな自分をどうにかしたい。このままずっと何にも変わらないかも知れない。

それでも希望があれば、きっと楽しく生きていけるって感じるんです。選択肢がこれしかないっていうんじゃなくて、変われる可能性を秘めているってのが大事なんです。

 

このブログを始めるにあたり、ウキウキしている自分がいるのです。それだけで十分ブログをやる価値があるってもんです。だから私は、このブログを立ち上げる事にしたのです。この【ギャンブル幸福論】によって得られるものは、きっと計りしれません。

 

ブログを通しての目標

  • 競馬の勝ち方(馬券術)を構築する
  • 1000万円の収入
  • 酒、煙草をやめる
  • 体重90㎏→65㎏になる

この目標はもう何年も前に掲げていると共に、ことごとく失敗してきた事項でもあるのです。正直に申しますと、ブログを作る事で収入の可能性があるというのが最初のモチベーションです。だけど、それだけでブログを継続するのは、とても困難であるというのは身をもって経験済ですし、目標を達成させるには思いだけではどうにもなりません。きちんとした戦略を持って正しい努力をする必要があるというのを数々の失敗に

よって学ぶ事が出来ました。そしてこの目標は私が夢見たプロ野球選手に比べれば、じゅうぶん実現可能だと思えるのです。

 

自分の為だが・・・

私は、アホだし学歴も、能力も、センスも、才能もない上に努力も嫌い。

な~んにもないし、な~んも考えてないし、すぐ快楽に溺れてしまう。

どうやったら効率よく楽できるかって損得勘定でしか動かない駄目人間。

 

何より、ギャンブル漬けの日々、それでも希望を失いそうになった私が目標設定し、頑張っている姿がもし誰かの心に響いたとしたら、こんなおっさんにでも出来るなら、俺にだって余裕で出来るぞ!って思えるような、そんな誰かに少しでも勇気を与えれるような、そんなブログになれたら素敵だと思います。

 

それを目指して、色んな事を記事にしていくつもりです。

まあ、こんな事言ってますが、おもろい事好きな、楽天主義のゆる~いおっさんです。

 

まずは、自分自身が楽しんでナンボ(笑)

 

では、サンペリドンと名乗る、おっさんのブログ。

どうぞよろしくおねがいいたします。